皆さんの企業では、記録の日付を正確に入力していますか?「いや、そんなの当たり前だろ!」と言う人も多いかと思いますが、本当に全従業員が胸を張って「正確に記録しています」と言えるでしょうか?
かく言う私も、今の会社に入社したころ、いわゆる記録のバックデートは当たり前に行われていました。例えば、バリデーションが完了し、バリデーションの結果をもって反映した手順の改定日を7月1日に設定していた時に実際には責任者にバリデーション文書を提出した日付が7月2日になってしまったが、6月30日付で承認してもらうなど。特に医薬品GMPでは色々な手順やガイドラインが多く、理想的なタイムラインで進めることはかなり困難であり、かつそれを達成できなかった場合の手続きがかなり煩雑になります。
上記の例ではバリデーションの報告書を承認すること、変更管理を承認すること、手順を承認することの3つが発生していると想定します。この場合時系列的な整合性をとるためには①まずバリデーションの報告書を承認すること、②バリデーションが成立したこと、報告書が承認されたことを変更管理で承認すること。③手順が承認されること。という順序が決まっている場合、バリデーションの報告書が承認されていないのに承認されていない手順を先に改定するとつじつまが合わない。実際にはバリデーションが成立していることはわかっていて、バリデーション文書を仕上げるだけなので、変更管理や手順の改定は改定時期に合うように進めていて、先に承認してしまった。バリデーション文書には作成の時間もかかるので結局仕上がったのは7月2日になってしまった。
じゃあ、他の部署にも迷惑かけられないし、6月30日に承認しておいたことにしよう。というものです。これは気持ちの面では非常によくわかります。まぁバリデーションは成立していることはわかってはいるし、時系列を逆転させちゃうと逸脱になっちゃうし、でも変更と手順の改定も遅らせたら逸脱になるかもしれないし…
ただ、これはどんな理由をつけてもデータインテグリティの根幹を揺るがす問題であり、すべての不正の始まりであり、コンプライアンスの違反になります。私の会社でも、これを無くすのに少なくとも5年くらいはかかったと思います。
やはり、完全に無くすことができるのはトップと管理職のメンバーが断固として不正を受け入れないこと、その姿勢を貫くことが大切です。私たちの会社はトップの発信がきっかけだったと思います。それでも最初は、表面上言っているけどそんなことはないんじゃないかと疑念をもっていましたが、それが本気であり、上司も本気で取り組む姿勢を理解し、それが浸透するまでに5年かかったといった感じです。もし問題を部下が報告した際に「そんなこと上手い事やっといてくれよ、いちいちそんなめんどくさいことを報告してくるなよ」となったらもう終わりです。特にまだこのフェーズにある企業であれば、不正を報告したこと自体を評価することから始める必要があり、その上司がさらに上に報告したことを評価すべきです。これを裁いたりすることは逆効果です。そんなことしたら誰も報告しなくなってしまいます。
この意識をトップが未だに持っていないとしたら、その企業は残念ながら近い将来潰れます。小さな不正を無くすために全力を尽くす。これがQuality Cultureの第一歩です。今のような小さな問題でもどんどん上にあげてください。挙げてもみ消されたり、評価を下げられる会社にいるのであればすぐさま転職をオススメします。
これらを改善するためには、企業の成熟度レベルによってステップが異なると思います。
Level 1 多くの従業員が当たり前にバックデートを実施しており、それが慣例になっており罪悪感すらもっていない。
このレベルの企業は,業務フローを円滑に,波風を立てずに実施するために多くの場面において当たり前にバックデートを行うレベルです。この場合,一般の従業員がこの違和感を上申することすらかなりの勇気がいりますし,したとしても「そういうものだから」として先輩や上司に揉み消される可能性があります。また,バックデートをしてでも業務フローを円滑に,素早く行うことが仕事ができることだとなってしまうケースさえあります。
Level 2 従業員の一部はバックデートは問題だと考えているが企業の倫理として周知されてはいない。
このレベルの企業は,コンプライアンスの感度,知識が一定以上はあるがこの倫理観が浸透している状態とまではいっていない状態です。上司の理解や考え方にもばらつきがあり、徹底までは至っていない状態となります。
Level 3 従業員の多くがバックデートを含めたコンプライアンス意識が高く,企業の倫理として浸透している。
このレベルの企業になると,上司,部下ともに共通の認識としてバックデートを行うことが不適切である,基本的にそのような行動が行わない状態となります。
ここからは各Levelにおける対処方法を示します。
Level 1:この段階は,非常に危険な状態であり,トップダウンによる対応が必要となります。この段階の企業ほどトップに問題があることが多いです。本当はどの部署でも日常的に実施されているわけなので,トップが「そのようなことをしてはいけない」とメッセージを発信するとともに,上申した部下や上司を評価することから始める必要があります。この段階で希望的な観測で「そのようなことはない」とトップが言ったり,上申した部下や上司を処罰するようなことがあれば,余計に問題が上申されなくなってしまいます。問題をすべて洗い出すことから始める必要があり,むしろ問題をあげてくれた上司や部下を評価することから始めます。
Level 2:この段階は,すでにトップはこのリスクを理解している状態ですが,運用や考えが従業員に浸透していない状態となります。これは,浸透させることに最大の労力をかける必要があります。ワークショップを行うなどして知識的な浸透を図るとともに、対話により現在ある問題を本音で話し合う必要があります。この場合も言ったもん負けにならない配慮が必要です。
Level 3:この段階になると,基本的にバックデートはなくなります。しかし,多数いる従業員の中にはこのようなことを実施してしまう人も出てきます。このような人は重要性の理解が足りないか、もしくは求められていることを勘違いしているケースがあります。実施してしまった人に教育することや注意することが必要となります。ただし,一番大切なことはこのようなことが起こらないシステムを構築することになるのでそれらの検討を行います。しかし、繰り返し同様のバックデートを意図的におこなっているのであれば,その従業員はGMPに向いていないです。異動や処罰の検討を行う必要があります。
今回は文字が多くなりましたが、正しいことを正しく堂々と記録できることは個人にとっても企業にとっても幸せだとおもいますね。


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